バイク90km過ぎの地点でバイクに発生した違和感。そのトラブルの実態に気づいたのは、下り坂が終わってトンネルの中の上りにさしかかるところだった。
…後ろのギアが固定できない。
DHバーの先についているシフトコントローラ(通称バーコン)を操作しても、固定できずに一番重いギアに戻ってしまう。
これがどれほど致命的なトラブルか、自転車にあまり詳しくない人でもわかっていただけるのではないだろうか。10段の変速が用意されている後ろのギアのうち、一番重いギアしか使えないのだ。アップダウンの連続の、この五島のバイクコースで。一番軽いギアでも私の足では時速10kmくらいしか出ない坂もあるのに、そこに重たいギアでは、自転車を押して歩かない限り上るのは不可能だ。
バーコンを手で押さえていればギアは固定できる。しかし、ハンドルをしっかり握って力を込めなければいけない上り坂では、それも現実的ではない。
これに気づいたときから、頭の中にはリタイヤの文字がよぎり始めた。しかし、とりあえず行けるところまで行ってみようとは思い、バーコンは手で押さえながら目の前の上り区間を終えて長い下りに入り、ちょっとした集落部分に差し掛かった。坂を下る分には、一番重いギアでどんどん踏み込んでいくので問題はない。
とは言うものの、このまま走り続けるのはとても無理だ。どこかのネジが緩んでいるなら早めに締めなおすべきだし、一度止まろう。そう思って、集落のはずれでボランティアの人が椅子を出してコース脇に佇んでいる場所を見つけ、自転車を止めた。おっどうしたどうした?という感じで注目が集まる。
「すみません、マイナスドライバーありますか?」
「マイナスドライバー?ちょっと待ってね、家に行って取ってくる」
ボランティアさん、そこから数百メートル(推定)先の自宅までダッシュ。
その間に、オートバイでコースを巡回しているマーシャルの一人が止まってくれた。
「どうしました?」
「メカトラです。後ろのバーコンが固定できない」
…しかし、よくよく見るとこれはネジが緩んでいるのではない。ネジ自体が飛んでなくなっているのだ。シフト位置を固定するためのペアのネジのうち、メス側(受け側)がなくなっている。事前のチェックミスでもともと緩んでいたのが、先ほどの段差をきっかけに外れて落ちたのだろう。
ネジがなければ修復は不可能だ。これはリタイヤだ。なぜかほっとしたような、肩の荷が下りたような気分にもなってくる一方で、コースのどこかで私を待ってくれているかっぱ氏や家族のことも頭をよぎる。
それでもリタイヤを覚悟し、マーシャルさんにこう伝える。
「う〜んこれはリタイヤですかね、無理ですよね。ネジがなければこの先は到底走れない」
しかし、ここでのマーシャルさんの機転と一言が、今年のアイアンマン・ジャパンの結果を全く異なるものにしてくれたのだった。
「前ギアのネジを後ろギアに移して、とりあえず応急処置して走れ。あとはとにかく、オフィシャルメカニックに見てもらってから決めたらいい」
言われてみれば、確かにその通りだ。後ろの10段ギアが使えないよりは、前2段がどちらかに固定されている方が遥かにマシだ。この頃にちょうど、マイナスドライバーを取りに行ってくれたボランティアさんが戻ってきた。肩で息をしている。
「これしかなかったんですけど、使えますかね?」
・・・と出してくれたのは、なんと精密ドライバーセット。時計の電池を交換するときに使うアレだ。これでは自転車のネジは回せないし、そもそも問題はもはやそこにはない。すかさずマーシャルさんが新たなリクエストを発する。
「釘でも木の枝でもなんでもいい、誰か数センチくらいの棒切れ持ってませんか?」
「お弁当の割り箸ならありますけど」 傍らにいた観衆の一人が答える。
お弁当の割り箸をもらい、それを折って半分にする。ボランティアさんが再び家にダッシュし、ビニールテープを持ってくる。ネジをリアのバーコンに移植したためユルユルになったフロントバーコンに割り箸で添え木をし、それをテープでぐるぐる巻きにして固定するのだ。フロントをどちらのギアで固定するかはかなり迷ったが、スピードの乗りを考慮してアウター(重たい方)にした。
なんと、これでひとまずは走れる。マーシャルさんの素晴らしい機転だ。トライアスリートたるもの、こうして一つ一つ実戦の経験を積んでいくのだ。そうして多少のトラブルではへこたれない、打たれ強いアスリートとして成長していくのだろうと、ちょっと感慨深くなる。
しかし、フロントをアウターに固定したままでは、残り90キロの間に無数に連続する坂を乗り切れる自信はまだない。この時点でも、半分以上の確率でリタイヤだろうと考えていた。とにかくオフィシャルメカニックを電話で呼んでもらい、その場所で到着を待つことにする。
こうしているうちに、時間はどんどん過ぎる。1周回先に行っている上位陣のほか、スイムから上がってバイクで引き離してきたはずの自分より下位の選手たちも、次から次へと通り過ぎる。制限時間は大丈夫だよな。ここを何時に出れば、あと90キロのバイクを現実的な時間に終えて、最終的な制限時間に間に合うようにランに移れるのだろうか。頭の中で何度も計算する。
電話から10分、そして20分経過。メカニックはなかなかこない。その間にも、少しでもこの先につながることができるよう、携帯食を口にしたり、足腰をストレッチしたりして、なるべく平静な気持ちで時間を過ごすよう努める。
電話から25分経過。メカニックはまだこない。メカニックが常駐している二本楠からここまでは、コースに沿って15km程度のはずなのに、なぜこんなに時間がかかるのだろう。しかし、その理由は冷静に考えればすぐにわかるのだった。
「ひょっとして、メカニックの車はコース逆走はできないんですよね?」
「そうだよ、逆走はできない」
・・・だから時間がかかるのだ。二本楠からコースをさかのぼる形で来ればほんの15km程度だが、選手が自転車で激しく往来する中でそれは危険極まりないため、運営側の車とは言え当然禁止されているのだ。たとえ救急車でも、バイク競技中のコースを逆向きに走ることはできないはずだ。考えてみれば本当に当たり前だ。
すると、二本楠からだと山を越えて島の西側に出て、そこからコースを順方向に走って今自分がいる地点まで来ることになる。正確な距離はわからないが、当初思っていたより3倍は時間がかかるだろう。完全に見積もりミス、一瞬愕然としてしまった。
「もう待てないので、そろそろ行きます。ひとまず二本楠まで」
「確かにもう待てないよ、メカニックが来たら言っておくから先に行ったらいい。二本楠には他のメカニックもいるし」
トラブル自体よりも、メカニックが来るまでの時間を完全に見誤っていたことに大きな後悔を覚えつつ、自転車にまたがる。もう心も半分折れかかっていた。ほぼ間違いなくリタイヤだろう。この先バイクをあと半分終えて、さらにフルマラソンを走りきれるとはとても思えない。とりあえず二本楠まで行き、そこでも自転車は直らないだろうから、そのまま途中棄権しよう。
全力ダッシュで協力してくれたボランティアさんや、割り箸をくれたおばさんが心配そうに見守っている。丁寧にお礼をして、フロントがアウターに固定されたギアを回してその場を出発。無事二周目に入って、再びこの場所を通ることはできるのだろうか。ほとんど可能性はないだろう。
しかし、その先の二本楠メカニックブースで、今回最大の奇跡が待ち受けていたのだった。
(つづく)
スイムから上がって忘れ物などをしないように確実にゆっくり着替えて、8時半頃にバイクへ出発。雨はごく弱いものが降ったり止んだりしているだけで、路面も濡れていないし、今のところ問題なさそう。バイクスタートを見守る観衆の中から、かっぱ氏がガンバーと言って見送ってくれた。

五島のバイクコースはアップダウンが多く辛いものの、最初の10キロくらいはほぼ平坦なので、スイム終了直後に自転車のペースをつかむにはちょうどいいと思う。DHバーを握って、軽めのギアでクルクルとペダルを回すようにしながら前へ進む。
20kmを過ぎたあたりで最初のエイド。ボランティアの皆さんがボトルを手にして沿道に並び、選手は自転車で走りながらそれを取ってもらっていく。この瞬間のスピード感や、ボランティアの人々の「想い」を受け取るような感覚が好きだ。ボトルを受け取ると同時に、今回持ってきた古い2本のボトルをボトルキャッチャーに捨てる。その2本も、2年前のアイアンマンにおいてバイク最後のエイドで取ったものだ。
バイクコースは時折りアップダウンを繰り返しながら鬼岳の周囲の海辺を走り、福江の市街に至るあたりが40km地点。さすがに町の中は観衆が多い。お城の石垣のあたりにオフィシャルカメラマンがいた。

福江の町を過ぎ、峠を越えてトンネルをくぐると、バイクコースの要である二本楠へ向けての下りになる。バイクのコースは二本楠を3回通るが、一度目がおよそ50キロ地点。スイム会場の富江から移動してきたかっぱが声をかけてくれた。二本楠は盆地の中央にあり、その盆地を取り囲んでいる山に向かって上っていくとまたトンネルで、そこからは海辺まで長い下りになる。スタート直後の平地を除くと、ほとんど上りと下りしかないのが五島アイアンマンのバイクコースのきついところだ。
海辺に出ると、思いのほか風が強いことに気づく。南から一定して吹いているようだ。コースは島の西側で、南から北へ向かって、複雑な海岸線に沿って細かいアップダウンを繰り返すレイアウトになっている。その間に今日は追い風をうける形になるため、ほんの少し楽だ。とは言っても相変わらずきつい上りと下りが続くことには変わりないので、「誰だよこんな島でアイアンマンやろうと言い出したのは〜」とよくわからない文句を心の中で念じながらペダルを回す。
70km地点くらいの上り坂の途中で、周回差で通過していくプロのトップ集団に抜かれた。外国勢数名が集団になっているようだ。ディスクホイールでゴッ、ゴッ、ゴッという音を立てて、異次元の速さで去っていった。
美しい砂浜である高浜ビーチを過ぎて、いくつかトンネルが連続する区間を抜けると、コースで最もきつい部分は終わり。島の西側から北側へと回り込み、長い下りが続く部分に入る。バイクの中間地点である90キロを過ぎたのは、バイクスタート後3時間強の時点だった。まだまだ体はいけそうだし、なかなかよい調子だ。下りでもさぼらずに、しっかりとペダルを踏み込んでスピードを維持するよう努める。
一昨年宿泊した三井楽の集落を過ぎて、国道の道の駅を通過する長い下り。スピードは時速50キロくらい。沿道の観衆が次々と後ろにすっ飛んでいく。路面にあるほんの小さな段差をガタンと越えた瞬間、アレッ?バイクに何か異変が起きた。パンクしたわけではない。バイクは問題なく前に進んでいる。しかし、何かとてもまずいことが起きたのではと直感的に思った。
お待たせしました(?)、これから何回かに分けてアイアンマン・ジャパン2009のレースレポートを書いていきます。まずはスイム編。
レース当日の朝は午前3時半に起床。幸いなことに割とよく眠れて、比較的すっきりとした気分で朝ご飯を食べる。しかし、アイアンマンのような長いレースの前に湧き出てくるやめたい気持ち、逃げたい気持ちはやっぱり変わらないものだ。とは言っても「やっぱやめます」とは当然ならないので、淡々と支度を済ませて4時半頃にレンタカーで宿を出発。
天気は曇りだが、次第に夜が明けてくるにつれ山々は雲の中に入っているのが見えたりして、極めて微妙な情勢だ。5時過ぎに富江のスイムスタート会場へ到着。既に結構たくさんの人数が集まっている。最終の選手登録を行ってタイム計測用のリストバンドをもらい、ゼッケン番号を体にマーキング。今年は新型インフル対策ということで、ボランティアの人は番号を体に書き入れてくれない。「ナンバリングは選手同士で行ってください」とのこと。なんのこっちゃ。
次に自転車の置いてあるエリアに行き、タイヤに空気を入れると共に、奥様に頼んでボトルに水を入れてもらう。こうして最後の準備を進めていると、いよいよ大きなレースが始まるのだ、という気分が段々と高まってくる。

奥様が朝方握ってくれたおにぎりやバナナを準備の間にも絶えず食べるようにして、体の中にエネルギーを蓄える。今回東京から応援に来てくれたかっぱ氏も、ユースホステルのバスで会場に到着した。
天気は相変わらず怪しいが、少なくとも雨は降っていない。バイクに積み込む物品などの最終チェックをした後、6時半頃にウエットスーツに着替えて、スイムチェックに向かった。水は温かくて泳ぎやすそう。私は袖なしのウエットスーツ+ウエット用アームカバーという装備だが、それで全く問題なさそうだ。
開始時刻が近づいてくるとビーチサイドの観客がどんどん増えて、会場でアナウンスを続けているMCのテンションも高まってくる。6時58分にプロの部がスタートした後、7時に一般の部がスタート。集団の真ん中あたりでスタートしたため、一周目はかなり長い間大混雑の中で泳いでいた。人に乗っかられたり蹴られたり、顔面を殴られたり、トライアスロンの試合でこういうバトルを経験するたびに、大群をなして遡上する鮭になった気分がしてくる。
五島アイアンマンのスイムコースは、一周1.9kmの三角形を2周する形だ。一周目と二周目の間には一度ビーチに上がり、周回チェックの輪ゴムを受け取って、また海に飛び込んでいく。二周目に入ってしばらくすると周囲の混雑もようやく解消され、だいぶ泳ぎやすくなった。ただ、なるべく最短距離で行けるように、コースロープの見える位置を常にキープしているため、同じようにロープに沿って泳ぐ人々とは時々ぶつかってしまう。そんな中でもなるべくペースを崩さないよう、かつコースロープから外れないよう、それだけを考えてひたすら前に進む。
二周目の第1ターン、第2ターンを終え、最後のレグを岸に向かって泳ぐ。波はほとんどなくて、極めていい条件だ。沖の方では海の底は全く見えないが、岸に近づくと段々と見えてくる。曇り空で暗い朝の海の中で、小さな魚の群れが青く光っていた。最後に三角形から外れて左に逸れ、防波堤を通り過ぎると、ほどなくしてスイムは終わり。スタートからおよそ1時間20分。今年に入って3回しか泳いでいない割には、まあ上出来だ。

岸に上がると、観客の中に妻子とかっぱ氏を見つけた。坊ちゃまはスリングに入って抱っこされている。後から聞いたところでは、砂浜が怖くて一歩も足を地面につけなかったそうだ。
天気は相変わらずイマイチ。ごく弱い霧雨が降っている。シャワーで体の潮をよーく落としてから、バイクトランジションの着替えテントへ向かった。
(運命のバイク編へ続く)
アイアンマン・ジャパン、無事に完走しました。タイムは14時間31分くらい。
自転車の途中でメカニカルトラブルがあり、八割方リタイヤを覚悟した。が、オフィシャルメカニックの力により見事復活。それで時間は40分くらいロスしたものの、その後のバイクとランはなんとかこなして、時間内にゴールにたどりついた。
詳細は東京に帰ったら投稿します。とりあえず、無事に終わってよかった〜!
いよいよレースの朝を迎えました。前回2007年とは違って、夜は比較的よく眠れた。
三時半に起きてご飯を食べ、もうすぐ宿を出発するところ。今日の予報は曇りに変わっており、降水確率は一日を通して30%。これは降られずに済むかも?